回 美術部長



お昼休みの教室には春の暖かさも手伝って、みんなの弁当のおかずの匂いが空中で混ざり合って、教室の中にほんわかと漂った。
たくあんの匂いが強く鼻をついた。

「はじめくん!
 まだ食べてんの?
 なにをモサモサしてんのよ〜」

そう言って、美智江が井上の机の脇に立った。
井上は、弁当をまだ半分しか食べていなかった。
食べるのがいつも遅いのだ。
井上は黙って、弁当にふたをして、弁当を柄物の大きなハンカチに包んだ。
「どうして残すのよ、ちゃんと食べないとダメでしょ!?
 それじゃ痩せてて、いつまでも太らないよ」
「お願いってなんだよ」

井上がブスッとして言った。
「なによ、その言い方は。
 私はお願いしようとしているのに!」
「だから、なんだよ?」
お願いする側なのにこの命令調の態度はなんだ、オレはおまえの子分じゃないぞ・・・
美智江にそう言いたかったが、怖くて言えなかった。
「おっ・・・はじめくん。
 今日は強気だね?
 ハハハハハッ・・・」
こいつは完全にオレを子ども扱いしている。
こんな奴の言うことは絶対聞くもんか!!

と、井上は心の中で誓った。
「はじめくん、今度、美術部の部長になったんだって?
 お前にお似合いだよ。
 そこでお願いなんだけど・・・」
お前だって?
女の子が言うセリフじゃないだろう、部長なんてなりたくてなったわけじゃない
と、井上は言いたかった。
でも、言えなかった。
「・・・」
「なによ、なに黙ってんのよ!
 ありがとうって言いなさいよ。
 お祝いを言ってあげてんのよ」

美智江の傲慢さは鼻持ちならなかった。
「美智江ちゃん、オレは好きで部長になったんじゃない。
 オレは部活で疲れている。
 だから美智江ちゃんのお願いは聴けないよ」
「おっ、口ごたえするの?
 はじめくんは美術部で頭脳労働だから疲れていない。
 それにはじめくんは天才だから!」
「えっ?・・・」

井上は美智江の顔を見た。
美智江はニコニコ笑って井上を見ていた。 

美智江は井上の左隣席に座った。
「はじめくんにしかできないことだから、絶対、私のお願いを聞かないといけないのよ」
美智江は子どもに言いきかせる母親のような口調で、井上に命令をしようとした。
「・・・なんだよ」
井上はボッソと、無愛想に言った。
「なによ、その態度!
 ・・・かわいくないわね!!」
なにを一人で言っているんだ・・・
かわいくなくてもいい、
と、井上は思った。
「はじめくん、私が生徒会新聞委員会だって知ってるわよね。
 生徒会新聞って年に二回発行しているんだけど、新年度だから新任の先生の紹介を今回は似顔絵を入れてしたいのよ」
「・・・」
「だからはじめくん、生徒会新聞に似顔絵を描いてよ。
 これがモデルの先生たちよ」
「エッ、オレが描くの?」

と、井上は驚いて問い直した。
「当り前でしょ!
 ほかに誰が描けるのよ」

そう言うと美智江は、教師たちの名前を書いたわら半紙のメモを井上の目の前に置いた。
その用紙には「新任の先生」と「先生の横顔」などと書いてあり、傍には教師の名前が並べて書いてあった。
「おれ描けるかな〜」
と、井上はか弱い声で言った。
「なにをいってんのよ〜(笑い)
 あの掲示されている黒澤先生たちをモデルにしたマンガはそっくりだって〜。
 黒澤先生が感心していたじゃないよ。
 はじめくんなら描ける、描けるから!」
「でも、生徒会新聞って難しい話題ばかりで、誰も読まないよ。
 そこにオレのマンガを載せたら、絶対問題になる」
「問題って、どこでなるのよ」
「学校、また、校長先生から文句がくるに決まっている」
「ああ、あのエンタープライズ入港反対の壁新聞のことを思い出しているんでしょ?」
「・・・」
「バカだねぇ(笑い)
 あれははじめくんがせ・い・じ(政治)?を学校に持ち込んだことで、問題になったんじゃないの。
 今度は先生たちの似顔絵だから問題はないし、はじめくんの考えは入らないから大丈夫だって」
「そうかなあ?」
「これは私の企画なのよ。
 はじめくんはあれだけ(マンガを)描けるようになったんだし、今度は先生たちからのウケもいいんだから、似顔絵を載せれば難しい紙面も少しは親しみやすくなるでしょう」
「オレ、校長先生に怒られるのは嫌だから、下書きの段階でチェックを入れてくれるか?」
「いいわよ、私がちゃんとするから、頼むよ、はじめくん!!」

と、言って美智江ははじめの肩を叩いた。
同時にお昼休みの終りを告げるチャイムが鳴った。

(2006年 9月16日 土曜 記 
 2006年 9月17日 日曜 記
 2006年 9月20日 水曜 記)




(文中の敬称を略させていただきました)
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