回 犠牲



イラスト:たかはしよしひで

マンガの原画二百五十枚の撮影が終ると、井上は原画を丁寧に風呂敷に包みなおして、河村家を出た。
行く時は上り坂だった道が今度は下がり坂になり、井上を乗せた自転車はスピードを出して走った。

青空に入道雲がモクモクと下から上に向かって伸びていた。
気温は暑く、再び汗が井上の全身を覆っていた。

舘山、矢来、御廟、城南、松ヶ岬を下り、東に向かう。
丸の内に入ると井上は急に上杉神社の周囲を回りたくなった。
自転車は大通りから丸の内映画館の角を右に曲がり南側に入った。
すぐに城跡の石垣とお堀が見えた。

お堀を西から南へ折れ、さらに東に走り、図書館と元上杉邸の中央公民館を南側に出たところを反対側の北に折れた。
すると上杉神社の正面が西に見えてきた。
お堀は緑に彩られ、そこに空の青い色と雲の白い色が浮かぶように映っていた。 

自転車を停めて片足を着いて、その上品で落ち着いた風景に見とれていた。
井上はこの景色が大好きだった。
小さい時からいろいろな思い出がある上杉神社だった。
小学校の写生大会では上杉神社の正面入り口を描いては入選をしていた。
小中学校時代にはお堀に釣りにもきていた。
そして城跡には児童遊園地があった。
そこから見る上杉神社の周辺の風景にはいつも見とれてしまう井上だった。 

「あらっ、はじめくん!?」
上杉神社の傍にある松が岬神社側から女子高生が井上を呼んだ。
井上が声の方を向いた。
女子高生は道路を横切って井上に向かって早足で寄ってきた。
「み、み・ちえ ちゃん!」
と、井上は女子高生の名前をポツンと言った。 

女子高生は中山美智江だった。
美智江は井上とは中学時代の同級生で、高校は違ったがいつも井上に対して協力を惜しまない親友の一人だった。
井上が米沢漫画研究会を作ったときや山形まんが展を開催するときも、美智江は呼び掛けポスターを貼り、校内放送で宣伝をしてくれた。
また、一学年後輩の安藤悦子を米沢漫研に紹介し、自らも得意の詩を米沢漫研に送るなどしてまんが展を華やかに飾ってくれた。

「やっぱりはじめくんじゃない!まんが展よかったわよ」
と、美智江は言った。
「協力アリガト!
 お陰で女子高からたくさんきてくれた。
 それに美智江ちゃんの詩には仲間が喜んでいた」

井上はお礼を言った。
美智江は一緒に帰ろうと井上に言った。
井上は自転車から降りて一緒に歩き出した。
美智江は夏休みにもかかわらず学校指定のブラウスとスカートを着ていた。
生徒会の仕事をした帰りだという。
井上も生徒会で企画担当をしていたので、生徒会の話をしながら二人は丸の内街を歩いた。
「はじめくんは将来マンガ家になるの?」
美智江が訊ねた。
「そんなこと考えたこともない」
「だって、上手だったよ
『ああ学園』に『灰色の青春』」
「あれしか描いていない・・・」
「ど〜してよ〜、もっと描けばいいじゃない!?」
「漫画研究会を作って同人誌を発行するようになったら、描く時間がなくなってきた。
事務や手紙を書いたり、機関誌をガリ版で作る時間が膨大なんだ」
「もったいないじゃない!」
「・・・・・・」
「美術部はどうしているの?」
「油絵は一年生の時だけかな」
「描いていないの?」
「うん」
「どうしてよ!中学時代から、あんなに一生懸命絵を描いていたじゃない!?」
「生徒会もしてるだろう。そっちもあってね。
 放課後はほとんどが生徒会かなあ」
「どうして生徒会なってしているのよ〜
 はじめくんは生徒会なんて似合わないよ!」
「・・・美術部の活動予算が少ないから生徒会役員になったんだ。
つまり、これからは文化の時代だから、もっと文化部に予算を増やさないと時代に取り残されるってことで・・・」
「それではじめくんは自分の好きな絵を犠牲にしてるの?」
「ギ・セ・イ?」
「すべてそうじゃない?
 絵が描きたくて美術部に入ると、予算獲得で生徒会でしょ?
 生徒会をしながら、好きなマンガが上手になりたくて漫画研究会を作れば、他の仕事で描けないなんてオカシイ!!!」

井上は歩くのを止めた。
「どうしたのよ?」
「・・・」
「なんか言いなさいよ!」
「・・・おかしくないッ」

井上は震えた小さな声で言った。
「オカシイ!!!」
負けないで美智江は繰り返した。
「はじめくんは何をしたいの?
 絵を描きたくないの?
 マンガを描きたくないの?
 そのための美術部でしょ!
 漫画研究会でしょ?違う?
 だから、はじめはおかしいの!!!」

二人は粡町(あらまち)交番所が角にある十字路まできた。
「はじめくんは生徒会役員とかまとめ役は合わないからね。
 もっと自分の描きたいことをどんどんすればいいのよ。
 わかった?
 じゃあね、バイバイ・・・」

信号機が青になると美智江は北に向かって早足で去っていった。
井上は美智江の後姿をジッとみていた。
自分がぐらこん山形支部長になったことは、とても美智江には伝えられなかった。

(2006年 9月2日 日曜 記
 2006年 9月3日 日曜 記)



(文中の敬称を略させていただきました)
暑い夏の日第2回

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